【キブンの時代】第2部 危険はどこに(1)新型インフル「偏執病」(産経新聞)

 「『もう言わんとこ』って決めたんです。話したくないのは当然だけど、思いだしたくもない」

 大阪府寝屋川市にある公立高校の校長は、やんわりと取材を断った。

 昨年5月、この高校は、新型インフルエンザの大騒動に巻き込まれた。短期留学で訪れたカナダから帰国した生徒4人が、成田空港での検疫で新型インフルに感染していることが判明。同じ航空機に乗っていた同級生ら乗客48人がホテルに停留される羽目になった。

 新型インフルの日本での初の感染確認だった。

 高校が追われたのは、生徒らへの対応ばかりではなかった。「謝れ!」「大阪へ帰ってくるな!」「バカヤロー」。伏せられていたはずの高校名をどこで知ったのか、電話が殺到した。

 「危険物扱い。誹謗(ひぼう)中傷も、マスコミの取材もすごかった。でも1週間もして、日本各地で感染が確認されると誰も騒がなくなった。あの雰囲気、世間の気分は、いったい何だったのか」。校長は1年近くたった今でも納得がいかない。

 厚生労働省では、国内での感染確認など要所要所で、当時の厚労相、舛添要一(61)が深夜、早朝を問わず自ら会見を開いた。

 国が騒ぎ過ぎたので、日本中が大騒ぎになったのではないか−。そんな声は当初からあった。舛添から「緊急時なのに連絡がつかない」と指摘された横浜市長(当時)の中田宏(45)が発した「大臣自身が落ち着いた方がいい。カリカリし過ぎ」という言葉が反発を象徴している。

 厚労省幹部によると、首相官邸からも「何で大臣が深夜に会見するんだ」といった牽制(けんせい)があったという。

 これに対し舛添は今年2月、日本環境感染学会で講演し、「反省点は山ほどある」としながらも、「見えない敵との戦争だ。危機管理の問題で情報を公開することが大切。位が上の人が言うほど情報の信頼性が高まる」と反論。「ワクチン対応などで長妻昭厚労相が国民の前で語るのを見たことがない。これではだめだ」と切り返した。

 国の対策の事務方の責任者である厚労省健康局長の上田博三(60)は一連の情報発信について、「大臣の会見で、国民にしっかりとメッセージが伝わった」と肯定的に振り返る。一方で、「情報が強く伝わってしまった点もあった。もっと情報の背景説明などをすべきだった」と語る。

 米紙ニューヨーク・タイムズは新型インフルをめぐって日本中を覆った雰囲気を奇異にとらえ「パラノイア(偏執病)の国」と伝えた。記事は「下着からボールペンに至るまで抗菌性」と日本社会を揶揄(やゆ)し、「もともと衛生状態への強迫観念がある」と分析する。

 なぜ、日本中で「パラノイア」と称される光景が生じたのか。ものものしい防護服に象徴された検疫体制を検証してみる。

 ■恐怖心、国全体を支配 “新型インフル・パニック”

 「空港の検疫体制は過剰ではなかったのか」。メキシコでの新型インフルエンザ感染確認から約1年がたった今年3月31日。厚生労働省で開かれた新型インフル対策を検証する委員会で、そんな批判が紹介された。

 新型インフルの“恐怖”を視覚的に日本中に伝えたのが、メキシコでの感染確認から間もない昨年4月29日から5月22日まで続けられた航空機内での検疫だ。ゴーグルをつけ、白い防護服を着た検疫官が機内で乗客の健康状態をチェック。島国・日本だからこその“水際作戦”だった。

 だが、当初から専門家は検疫強化による効果に懐疑的な見方をしていた。

 政府の新型インフルエンザ対策本部専門家諮問委員長を務める尾身茂(60)は今年3月、日本記者クラブ(東京都千代田区)での会見で、「水際作戦に限界があったことは皆が承知していた。だが病気についてよく分かっていなかった時点で、水際作戦をやめることに国民は耐えられただろうか」と、世論の動向が検疫強化につながったという見方を示した。

 当時、厚生労働相だった舛添要一(61)もインフル対策を振り返る中で、「水際作戦の継続のように、医学的にみれば『あまり合理的でない』ということはあるかもしれない。しかし、人間の心理や感情を考慮しなくてはいけない」と語っている。

 厚労省内でも感染確認直後から、「ものものしい検疫をいつまでも続けるより、早く病院など国内の体制整備に力を向けたい」という声が聞かれるようになっていた。同省健康局長の上田博三(60)は「5月の連休明けにも検疫体制を縮小することも考えた」と振り返る。

 しかし、まだ連休中だった5月9日。成田空港の機内検疫で感染者が見つかった。カナダへの短期留学から帰った大阪府寝屋川市の高校の生徒たちだった。

 上田は「検疫で見つかることが分かった途端、『もっとやれ』という声がいろいろなところから届き始めた。風向きが急に変わった」と話す。

 検疫の強化は、国内で感染者が確認された後も継続されていくことになる。

 羽田空港検疫所で働く医師、木村もりよ(45)は、厚労省のとってきた政策を正面から批判する。インフル対策で歯にきぬ着せぬ発言をし続け、国会に参考人として呼ばれたこともある現役の厚労省職員だ。

 「そもそもインフルエンザの感染を封じ込めるなんて無理な話で、検疫を強化しても仕方ない。季節性インフルでも何千人と死ぬことがあるのだから、腹をくくり、重症化しやすい人への対策に力を入れるべきだ」。木村はそう主張する。

 そして「公衆衛生や医療現場を分かっていない役人が、誤ったメッセージを国民に伝えるからパニックになった。この騒動は『官製パニック』。国民は踊らされた」と一刀両断にする。

 世界的にみて、今回のインフルで、これほど検疫強化に努めた地域はない。厚労省の立ち上げた検討会では、その評価も含めた検証が始まるが、昨年の日本社会が官僚も国民も含め、新しいウイルスへの恐怖感で満ちていたといえる。

 検疫業務に参加した女性スタッフ(42)が話す。「『大げさだ』と怒られたこともあるが、検疫を受けた人や、多くの国民から『安心した』『頑張って』という声を随分かけてもらったことも事実。少しでも安心な気分になってもらえたなら意味があった、と思う」

                   ◇

 新型インフル、中国製ギョーザを契機とした冷凍食品問題など、日本人の健康や安全に影響が出るような事象が相次いでいる。マスクをしたり、購入をやめたりと、敏感に反応する日本人。その反応に“キブン”的なものはないのか。健康や食の安全をめぐるキブンを考える。(敬称略)

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